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   島からの風に吹かれて  南西諸島と西新宿の沖縄料理屋から


文・桑原政昭
写真・嘉納辰彦


風は南から―。
1980〜90年代、地域おこしの現場。
編集者・カメラマンが二人三脚で歩いた島々、
すぎゆく風景の記録。
西新宿の沖縄料理店「壺屋」のおばちゃんの話なども収録。

カメラマン・嘉納辰彦が写し取った「かつての島々」の風景写真も多数収録。


各紙・誌で絶賛!


(電気新聞「焦点」2009年12月18日付)




(琉球新報「あしゃぎ」2009年12月30日付)




(沖縄タイムス「魚眼レンズ」2009年12月31日付)




(電気新聞書評 2010年1月28日付)




(沖縄タイムス書評 2010年2月6日付)




(ノジュール3月号「今が読みどき!」JTBパブリッシング発行)




(兵庫県沖縄県人会「榕樹」340号)




(北國新聞読書欄 2010年6月6日付)



(大分合同新聞 2010年7月5日)



【目次】
鳩間の子供たち(鳩間島)
碧き海原より飛び来るもの(宮古島)
海上アルプスより水生まれ(屋久島)
風車回りて梅雨を明けんとする(沖永良部島)
幼児の泣き声を乗せて島に渡る(座間味島)
ゴーヤーを県外出荷するまでの苦労は(沖縄本島)
黒糖の酔いとともに更ける南国の夜(喜界島)
炭鉱跡を覆うガジュマルにジェット音遠く(西表島)
機体にオレンジライン引くジェット現れ(石垣島)
島の塩まぶしたオニギリを振る舞えば(粟国島)
ラフレシアは壷屋の夜に咲く、大嶺ヨシ子さん一周忌に寄せて 他

【はじめに】
 嘉納さんは、オバアとお子さん撮るのがうまいねぇー。いつか忘れたが、沖縄の飲み屋でのセリフである。沖縄に縁もゆかりもない筆者が、最初に旅したのは、復帰八年(一九八〇年)ごろ、久米島に害虫・ウリミバエの根絶作戦を取材に行ったのが、初めてだった。
 そしてそのとき、カメラマンとして同行願ったのが嘉納さんだったのだ。その後、月刊広報誌「原子力文化」にシリーズ「エネルギー一村一品」という連載を一九八四年より開始して、全国のエネルギーに関連する市町村の地域おこしを、15年間に渡って取材した。
 本書は、そのシリーズの南西諸島に関するものから選んで、収録したものを主に構成している。南国という地域性から、太陽光や風力の取材が多く、それに放射線の利用としてめざましいウリミバエの根絶の様子を追跡したのも、この地域特有のテーマであった。いまハエ根絶のおかげで、東京は言うに及ばず、全国にゴーヤーチャンプルーが普及したのを見るにつけ、隔世の感がするのだが、さらにスーパーで北関東産のゴーヤーを売っているのは、驚きを禁じ得ない。
 さて、毎年のように取材や家族旅行で島々に通ううちに、いつしか東京・新宿の「壺屋」という沖縄料理店に足繁く通うようになった。そこは筆者ごときは新参者で、復帰前から沖縄に通う者がゴロゴロしていた。壺屋のネットワークは沖縄にも通じ、取材や飲み屋探検に大いに役に立ったものである。
 人生は運と縁だーというのは、恩師の一人の教えであるが、まさしく沖縄と壺屋の縁と運のおかげで、いつしか沖縄タイムスや雑誌「伽楽可楽」にも書く機会を得た。
 嘉納さんとの交友は、かれこれ三十年近くにもなる。取材道中では、鳩間島で水牛に追っかけられて迷子になりかかったり、久高島で日射病になったり……。そうそう、冒頭の筆者のセリフは、久高島でハッとするような美少女を見つけたのに写真を撮らず、代わりに?オバアばかりを撮っていたその夜のことでした。それはともかく、今まで二人三脚で歩いた南西諸島の過ぎゆく風景を記録しておこうと、本書を上梓した。タイトルの「島からの風に吹かれて」は、嘉納さんの写真展「島からの風」に敬意を表して、つけたものである。
 ゴーヤーチャンプルーが飲み屋の定番になった陰には、南西諸島でのウリミバエ根絶のドラマがあったこと。離島における電気の切実な問題などを、読みとっていただければ幸いである。


■2009年12月4日 初版第一刷発行


・ 型番
978-4-89982-169-4
・ 販売価格
1,404円(内税)
・ 購入数