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   松山御殿(マチヤマウドゥン)物語 明治・大正・昭和の松山御殿の記録


「松山御殿物語」刊行会 編 四六判 285 頁

明治・大正・昭和の松山御殿の記録

琉球王国最後の国王尚泰の四男尚順と家族の記録。尚順の琉球文化に関する名随筆など。
表紙の着物は松山御殿に伝わるお宮参りの紅型の着物である。年代ははっきりしないが百年以上前の着物と思われる。

[目次]
第一部 尚順遺稿
 首里城明渡しの思い出
 鷺泉随筆(一)豆腐の礼讃
 鷺泉随筆(二)古酒の話
 鷺泉随筆(三)南蛮の話
 鷺泉随筆(四)印章
 鷺泉随筆(五)箱書
 鷺泉随筆(六)首里城のお正月
 鷺泉随筆(七)琉球料理の堕落
 鷺泉随筆(八)沖縄の焼き物
 思い出話
 食味と園芸−千疋屋主人と語る
 東京の思出
 尚順著作一覧
<寄稿>御三男様−尚順様について 伊江朝雄

第二部 松山御殿の人々
尚順男爵家 御所蔵品展観
 推薦の言葉/尚順男爵家 御所蔵品展観に就いて/展覧品目録
移出植物の試作ー桃原農園の現況
父・尚順の思い出 親泊 芳子
桃原農園の思い出 親泊 芳子
沖縄戦と尚順家の人々 藤原 弘子
 桃原町のお屋敷/壕を追い出させる/捕虜になる
母の思い出 親泊 芳子
松山御殿概略平面図一階(部分)
松山御殿関係系図
松山御殿の語彙ノート ー知名茂子氏の使用語彙を中心にー 小高 恭
 �鵯人倫/�鵺衣服/�鶚道具/�鶤身体/�鶩挨拶
  
第三部 尚詮随想
一中時代の思い出
首里復元に想う!
沖縄の景観として遺し度いもの、創り度いもの
創造性と機動力に富む経営を
”みどり”と文化
尚詮略歴
〈寄稿〉松山御殿の思い出 宮良 長欣

あとがき 尚 弘子

山御殿(マチヤマウドゥン)
 琉球最後の国王・尚泰の四男尚順男爵は松山王子と称し、また松山御殿とも呼ばれた。松山御殿は那覇市首里桃原町にあり、大正13年には桃原農園を設立し、温暖な沖縄の気候を活用した各種の熱帯果樹、香辛料、観賞用植物の栽培を行った。
 尚順は博学多識、多趣味としても知られ、特に書は沖縄の名筆とされた。来県した県外の要人は芸術家などを松山御殿で接待したことは良く知られている。尚順には六男十女の子供があった。
 松山御殿は戦争で焼失したが、戦後息子の尚詮が桃原農園を引き継ぎ、経営を行った。一九八九年には「首里トロピカルガーデン」として一般に開園された。一九九〇年尚詮没後、甥の尚厚氏に相続された。一九九九年に閉園。

●2002年初版発行

メールマガジン「電柱通り通信」より
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【リレーブックレビュー】

『松山御殿物語』明治・大正・昭和の松山御殿の記録
「松山御殿物語」刊行会
四六判上製本・285頁・定価3150円

「松山御殿」とは?
 タイトルだけではどんな本か想像が難しいかも。
そういえば「まつやまごてん」と読んで、那覇の飲屋街「松山」で
成功した話だと思った人がいたとか、いないとか。

それはともかくこの本のキーワードはやっぱり
琉球最後の国王尚泰の四男「尚順男爵」。
尚順のことを松山王子、あるいは松山御殿(マチヤマウドゥン)とも呼び、
その住まいも「松山御殿」と呼んだ。

尚順は「琉球新報」創立に関わり、貴族院議員としても活躍した
経済人でもある
一方、教養人としても有名で、博学多識、多趣味と知られている。
その食通ぶりも有名で、当時来県した県外の要人や芸術家は
松山御殿で接待されたという。

第一部 尚順遺稿
 尚順の名随筆「鷺泉随筆」(鷺泉は雅号)を収録。
首里城明け渡し(廃藩置県)など大きな世代わりの中で古い琉球の良さが
失われていく様を憂い、記録している。
この随筆には『シマ豆腐紀行』(ボーダーインク刊)で書いているように
「トーファー」が紹介されているし、「古酒の話」はクースの話には
必ずといって引用されるほどの貴重な文献となっている。
また「琉球料理の堕落」(昭和14年)では
「近来琉球料理の堕落には驚いた。…ほとんど絶滅に近づいているのではないかと思う」とまで書かれている。
いったい今の沖縄を見たら尚順はなんというのだろうか。

第二部 松山御殿の人々
 昭和15年大阪高島屋にて開催された「尚順男爵家御所蔵品展」のカタログ、
大正13年に設立した各種の熱帯果樹などを栽培したという「桃原農園」の話、
娘による松山御殿概略平面図や思い出話、御殿で使われていた御殿言葉の
語彙ノート、そして尚順と沖縄戦を共にした末娘の「沖縄戦と尚順家の人々」などさまざま記録を収録。
趣味人である尚順にも悲惨な戦争は容赦なく、食べ物もなく
泥水にフーチバーを気休めに毒消しのつもりで入れて飲んでいたという。
そんな時に「米子や弘子のところには(球部隊の本部)三角ハム(缶詰)等もあるだろう?」
と話していたというエピソードには涙が止まらない。
多くの息子を戦争で失い、多くの財産を失い、その命も戦場で失った。

第三部 尚詮随想
 戦後変わっていく沖縄の中で「父の遺志」を果たすべき
「桃原農園」を復活させた尚順の六男尚詮の随想を収録。
戦争をくぐりぬけ、それでも「松山御殿」を守っていた尚詮氏も
1990年に亡くなった。
現在、「桃原農園」は閉鎖され、その一角にはマンションがたっている。
大きな時代の流れの中でいろいろなものが失われ、変わっていった
その記録が本書「松山御殿物語」でもある。

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4-89982-031-3
・ 販売価格
3,240円(内税)